5-10 <九段の丘>

本当にシカタガナイでいいのか?

 カレル・ヴァン・ウオルフレンが書いた『人間を幸福にしない日本というシステム』という本がある。彼は長きにわたって日本に拠点をを置いて世界的に活躍しているジャーナリストだが、日本人に向けて書き下ろしたのが本書である。愛情を込めて。かなりの売れ行きらしい。

今までわたしが思ってきたことを、彼は見事に代弁していてくれるのには驚きだ。例えば、過去の大地震の被災者の場合もそうだが、あらゆる分野のあらゆる種類の人たちが、二言目には「シカタガナイ」を連発して、諦めていることである。シカタガナイ(仕方がない)としても、次にはそうでない方向に個人も社会も努力すべきだと思う。けれど、立ち上がり発言したり、批判行動を起こしたりしない。もっと始末が悪いのは、責任あるはずの者が「想定外」と平然と言って責任回避すること。更にそれをマスコミをはじめとする周囲の者が追求しない風潮だ。

「ガタガタ言うのは大人げない」「自分さえ我慢すれば済むことだ」そう言う。クサイものにフタ!だから、ちっともわたしたちの生活はよくならない。

もっと、自分の残りの人生のため、子供たちのため、将来生まれてくる孫たちのために、あらゆる矛盾に目を向けることだ。当たり前に感じる矛盾を矛盾として指摘し、改善するように監視し、努力すべきだ。住みやすい、人間として当たり前に幸せを謳歌できる社会を築く努力を今のわたしたちがしないで、一体誰がするの?

困った時だけ「シカタガナイ」と言って、長いものには巻かれるような生活をしていて、日本は愛するに足りる祖国たりえるのか?大人が国や社会や会社に対して諦めの姿勢でいて、子供たちが夢や幻を持っていないと批判できるか?「子供は大人の姿を写し出す鏡だ」とはよく言ったものだ。

 

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