6-28 <九段の丘>

神さまの賭け

「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」(ヨブ記1:21)

罪のない人が、無垢なおさなごが、どうして信じられないような災い、困難に遭うのか?・・・・人類永遠の問いである。毎朝、新聞を開けば、そのような記事をさがすのに苦労はいらない。

旧約聖書ヨブ記によると、ヨブのことで、神さまとサタンがこともあろうに賭けをしたという、とんでもない記事である。ヨブの災難はそこから始まる。神さまはヨブの信仰の確かさを信じ、サタンはヨブが神さまへの信仰を持ち続けているのは、物質的に社会的に家庭的に恵まれ祝福されているからだと、断定する。神さまが、あらゆる面で彼に祝福を与えているから、彼が感謝するのが当たり前だ、と主張します。

ではどうなるか見ようではないか、と神さまは、サタンと賭けをすることになります。サタンは、限定つきの災いを下すことをゆるされます。もちろんヨブは、そのすべてを知りません。自分の苦しみの原因がどこから来たのか。ヨブは、世のありとあらゆる困難に遭遇することになります。迷惑な話です。その苦しみの真っ只中での彼の信仰の叫びが文頭に掲げたものです。

<若くして親友が交通事故で死んだ。なぜだ?理不尽だ!彼が何か悪いことをしたか?神はどこで、何をしていたのか?そんな神なんて神じゃない!だから、わたしは神なんて信じない>そういう声が聞こえてきます。

神さまの前に、虫けら同然のわたしは、それでもヨブと共に、神さまを信じていきたい。これまで、よいものもたくさんくださった神さまを!

 

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