7-19 <九段の丘>

教会 伝道 離合集散

 「あなたの教会では、年間予算の中で、いくら伝道費を計上していますか?」

「お恥ずかしいのですが、ほとんど伝道のための予算はありません!」「それで、どうして主の御委託に応えるための伝道が可能なのですか?」

 こんな会話をしたことがあります。相手は神奈川県にある大きなカトリック教会の会員の方でした。伝道は、それなりに資金が必要なのは、誰も知るところです。そのための備えの必要を痛感します。

教会が分化分裂するケースがあります。教会内でお互いの伝道方針が異なる場合、一緒にいられなくなります。無理に一緒にいる必要はない。それぞれの使命を果たすために積極的に別れ、それぞれの特徴を生かした伝道活動を展開していくこともありだ。使徒言行録の中でも、路線の違いから分かれて、それぞれ信ずる所を進む伝道者たちがでてくる。

逆のケースも。つまり、それぞれが様々な事情で弱体化していくなかで、存立そのものが危ぶまれた場合、複数の信徒の群が積極的に一つになることもある。英国のあるカトリック教会堂が火事で焼失したとき、同じ町のメソジスト教会が手を差し伸べ、自分たちの教会堂を時間差で使用する事を許可したケースがあった。お互いに助け合ってコミュニテイー・チャーチを実践していた。

K市にある日本キリスト教団の3つの教会が、それぞれの事情を乗り越え、今ある不動産を処分し、駅の前の目立つ角地でも確保し建物をたて、礼拝を中心として諸活動を展開して行く。当初は3つの教会がそれぞれ礼拝を時間差でやる。何年かする間に、一致をめざす…などというのはどうだろう?

もうしあげたいことは、それほどさように、教会の伝道活動は柔軟かつ闊達でなければならないということ。堅苦しく守ることだけを考えていても、何も起こらない。でも、全くあたらしい伝道を創造することを想像するだけでも楽しい。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です