12-6 <九段の丘>

教会らしさ
「教会を正しくマネジメントするには、教会をいっそう教会らしいものにしなければなりません。教会を企業のようにしてはなりません。」(ピーター・ドラッカー)

教会らしい教会とは?どこに<らしさ>を求めるのか?たいへん取り組むのには難しいものである。
外見にこだわることでないことは、言うまでもありません。要は中身、その中心的なありようが問われているように思います。
本質を見極めることです。「らしさ」をどこに求めるのか?  日頃考えることは、教会は日々刷新していくところに、教会らしさが発揮されるということです。ところが、日常の取り組むべき事柄がある一定以上あるとき、わたしたち牧師はじめ教会のリーダーたちはその課題を消化するだけに時間を過ごしてしまい、<日々刷新>など考える余裕もなくなってしまいます。
しかし、そのように日々を過ごしながら、気がつけば崩壊の道を辿っていくのです。日本に限らず、欧米の伝道だけにしがみついている既成の教会の現実は惨憺たるもので、瀕死の重症状態に陥っています。毎年のように100単位どころか1000単位の教会が<倒産>し続けているのです。教会は一つ一つ解散の憂き目に遭っています。自らのことばかりに目を注ぎ、本来の教会の使命を見失っているからでしょう。
本物の<らしさ>を追求していかなければ、わが九段教会も近い将来必ず死ぬでしょう。そうなる前に、大胆な方向転換をしなければなりません。今がその最後のチャンスです。

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