1-24 <九段の丘>

 礼拝と楽器(その2)
  (先週からのつづき)先人たちは、心からなる信仰をもち、あらゆる手段・工夫をもって神賛美を作り上げてきたのが礼拝の歴史であった。わたしたちはその精神を引き継ぎ、常に新しい賛美の方法を追い求めてきたし、これからも追い求めていかなければならない。
  ダビデが愛してやまなかった竪琴のかわりにギターを、詩編でたびたび登場するラッパは、現在、金管楽器のトランペット、ホルンに。動物の皮や骨などで作られていた打楽器は、ドラムス、ハンドベルに進化。そして何よりも、時代の発展によって作り上げられたものに電子オルガン、電子ギター、そして電子ピアノがある。わたしたちの九段教会のオルガンは電子オルガンだ。長い歴史の中で何度も作り替えられ、ほぼ完成したのがピアノであった。礼拝はいつもそこに集まる者が新しくされるものであり、心から神に届く賛美をするために、旧約の時代の人々から続けられてきた様々な楽器を使うことを、今も、そしてこれからも工夫していくべきだろう。(『キリスト教礼拝・礼拝学事典』(日本キリスト教団出版局)を参照)
  伝統、歴史を考えるとき、軽々に思いつきレベルで新しい試みをすることは好ましくない。わたし自身、過去そのような例を見てきた。コンテンポラリーな礼拝を導入する場合には、入念な準備が必要だろう。音楽の部分と礼拝のその他の要素との調和も考えるべきだろう。毎回の礼拝が、ある人にとっては最初で最後になるかもしれない。であるならば、毎回の礼拝は真剣勝負である。マンネリ、惰性は許されない。それ相当の覚悟が求められよう。

 

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