2-14 <九段の丘>

 伝道は日常的なこと
  「信徒の友」2月号の内藤留幸師巻頭メッセージから。ドイツからの女性宣教師キュックリッヒ先生から教えられたことが紹介されていました。わたし自身も、ある研修会で直に同先生にお会いした事がありました。その先生が選ばれた聖書は、一見何の変哲もないものでした。
  創世記37:15~16「その人は彼に尋ねて言った。『あなたは何を捜しているのですか』彼は言った。『兄弟たちを捜しているのです。・・・・・』
  キュックリッヒ先生の教えのポイントは「伝道とは自分の兄弟たちを捜すような、ごく日常的な愛のわざの積み重ねだ」と。その後、キュックリッヒ先生のお働きの紹介があり、内藤師は、終わりに次のように結ばれました。
  「わたしたち信仰者にとって伝道は、主から託された使命です。変に力まず、救いの福音を語りながら、自分の兄弟を捜すような思いで、周囲の人々に愛の心をもって接していきたいものです。」
  教会の勢いがなくなると、伝道論が盛んになります。どうしてよいか分からないので、伝道についての知識を集め、頭に詰め込もうとするのです。そうしないと落ち着かないからです。そうしないと神さまに咎められると思うからです。でも、内藤師がおっしゃるのは、肩の力を抜いて、福音を語りつつ、周囲の人たちに愛の心で接していくことだというのです。きわめて日常的な営みの中で信仰を喜ぶ生活をしていきなさい、ということでしょう。

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