4-10<九段の丘>

 神さまとのホットライン
聖書を読んでいます。じっくり集中できないところは飛ばして読むこともありますが、逆に丁寧に一字一句味わい、行きつ戻りつ読むこともあります。
求めて読む場合でも、二通りの読み方があります。ある明らかなテーマ、課題をもって求めて読むこともありますが、別の場合は、全くテーマも持てず、しかし求める気持ちだけがあって、闇雲に、自分で何を求めているのかわからないままに聖書に向かうこともあります。そしてある時突然に、自分の求めている物事を教えられることもあります。
大切なことは、ともかく生活の中で聖書と向き合うことでしょうか。生活の一部に御言葉を取り入れて生きることでしょうか。どちらかと言うと、自分が聖書を読むというよりも、自分が聖書に読まれていくことの大切さを感じます。自分が・・の場合には、結局自分中心になっていることが多いのです。聖書中心に、聖書に読まれるいきかたは、聖書中心、神中心になるということです。

わたしたちの情況は、時々刻々変わります。すべてが変化していることを認識しておく必要があります。昨日の真実は、今日の不真実かもしれないのです。本日の正義が、明日の不正義になるかもしれません。そのことをも、聖書はわたしたちに示しています。だからこそ、毎回毎回、わたしたちは、「主の御前に祭壇を築き、主にお伺いを立てる必要がある」のです。それでこそ、複雑極まりない今の社会状況のなかで、柔らかい頭で、物事に対応していくことができるのです。
やはり、聖書に親しみ、祈ることによって、神さまとの直接なホットラインを結ぶことによって、まことにあるべき生き方が可能となるでしょう。

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