4-17<九段の丘>

                                          天下り
 その昔、日本は「倭の国」と呼ばれた。その倭の国のことを百済の国の人々は「葦原の国」(あしわらのなかつくに)と呼んだ。それは天上の国=百済(高天原)と黄泉の国の間に葦が茂っている中間の国という意味であった。黄泉の国とはいうまでもなく地獄のことを意味した。
 当時、百済から葦原の国を目指す人々は、天からくだるような気持ちで、間違えば葦原中国に着くことなしにまっすぐ黄泉の国へ至ってしまうのではないかと恐れながら倭に向かった。今日にくらべ、小さな船で対馬海峡を渡り、瀬戸内海を旅して倭の国にたどり着くのは、それなりに大変な事だった。
 非常に高い文化や技術を身に着け、百済から葦原中国に下った者は神にも等しいような扱いを受けた。ここから高貴な人が下って来ることを「天下り」と言うようになった。
 当時、百済からみると、葦原中国は闇の国で、何もないところという考えが強かった。従って、その闇の国にもし素晴らしいものがあるとすれば、それは百済から下ってきたのだと考えられた。だから下ってないもの、それはすなわち「くだらないもの」は、価値のないものを意味するようになり「くだらない」という言葉が生まれた。
 昔の「天下り」はこの国によいものをたくさんもたらしてくれた。けれど、今日の霞が関の官僚たちの「天下り」はどうだろう?あまりにもくだらない。出身省庁の後輩たちに口を利き、会社に利益をもたらす。本人は偉そうにふんぞりかえ、会社は高給を支払う。何とも、一般国民をバカにしたことではないか。これが日本の社会を根本から腐らせる。ショウガナイ、ショウガナイと泣き寝入りは止めよう。あきらめず怒り、非難の声をあげていこう。

 

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