6-19<九段の丘>

                                                         政治家へ
 「悪い実を結ぶ良い木はなく、また、良い実を結ぶ悪い木はない。木は、それぞれ、その実によってわかる。茨からイチジクは採れないし、野ばらからぶどうは集められない。・・・人の口は、心からあふれ出ることを語るのである」(ルカ6:43-45)
 国政選挙を迎えます。政治家たちは、みな立派なことを宣伝してまわっています。しかし、政治家は、自分の言葉に責任を持つべきです。わたしたちは、彼らの立派な言葉に幻惑されてはなりません。むしろ彼らの言葉に厳しい目を向け、判断しなければなりません。決して宣伝文句に踊らされてはなりません。
 自分の宗教的信念をそのまま政治の世界に反映しようとする試みは悪いことではありません。が、絶対的な自分の信仰・信条を相対的な妥協が求められる社会・政治の世界に持ち込む事には、無理が伴います。たとえそれがどんなに素晴らし教えであってもです。その意味では、歴史的に見て、宗教と政治が結びついて、成功した例はありません。
 では、政治家に宗教・信仰は不必要かといえば、そうではないのです。民の上に立ち国を導いていく人には、宗教的謙遜を身につけていただかなければなりません。
 「宗教家は、時としてきわめて政治的にならなければならない。同様に、政治家は、時としてきわめて宗教的にならなければならない」これが、わたしの信条です。現実の生活の中でこの姿勢を貫くことが必要です。大変難しいことです。しかし、国民の命と生活を守り、導く者としては、このくらいの上等な心掛けが必要でしょう。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です