8-14<九段の丘>

 before/after  聖徒の交わり

 愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。          (第一コリント13:4~7)
 クリスチャンになる前と後、つまりbefore  /afterで、変化がなければ意味がありません。イエスさまに出会い、聖霊に満たされ、神さまに向かって歩み出した者が、それ以前の生き方と全く変わらないのであるなら、いわゆる信仰による回心・悔い改めが起こらなかったことになるからです。
 教会とは生きた人たちの集合体です。当然、固定したものではありえません。流動的で、ダイナミックなものです。変わらないはずがありません。刻一刻、日々変化するのが当たり前なのです。
 新しい方々に教会に来てほしいと、誰もが願っている筈です。ただ、新しい方がいらっしゃるとは、その一人分わたしたちに変化が起こることを理解しておく必要があります。そのことを嫌がっては、何も始まりません。
 おのおのが上記の愛のあり方に立ち帰ることです。実は、わたしたちは教会においてわたしたちの<愛>が日々試されているということです。愛があるクリスチャンだ、と自任しする者は、常に主に喜ばれる者になっているかが問われているのです。
 時に厳しく、お互いをチェックし合いましょう。パウロ先生の言われるように、<本当の忍耐強く、礼儀正しく、自己中心でないか>をチェックし合いましょう。謙虚にされましょう。それこそが聖徒の交わりです。それができないようでは、教会でもなければクリスチャンでもありません。

 

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