12-4<九段の丘>

チャイルドファンドの精神
日本では昔から、<施しは徳の余り>という考えがありました。つまり、無理をすることはない、余裕のあるところでほどほどにするのが、施しであり、自分の生活を切り詰めたり、家族を犠牲にしてまですることは、やりすぎだという思想があります。
 アメリカでのことです。幼い子供を抱えた、若い母親が、意味のあるボランテイアを続けるために、子供のためにベビーシッターを雇ったそうです。日本だったら、そこまでするか?と周囲から言われそうです。
戦後間もなくの頃、A先生がアメリカに留学したときのことです。ある大学で友人を訪ねた時のことです。お昼時になったので、では一緒のランチを食べるために食堂へ行こうと提案すると、「今日は月に一度のランチ抜きの日なのだよ」、との返事でした。A先生は、その理由を尋ねると、全校で一食抜いて、そのお金を、貧しい国の貧しい子供たちのために捧げるとのことでした。ショックでした。そこに福祉の原点を見、分かち合いの心を見たとのことです。 
クリスマスを間近に控え、その精神を学びたい。そもそも十分の一は神さまのものであるから、神さまにお返しするということです。直接的の場合もあれば、間接的に神さまのお喜びになる、いと小さき者のために用いることもある。—そんなことを、先週参加したチャイルドファンドのルーツでもある「ララ物資」のシンポジュウムで思い起こしました。

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