1-8<九段の丘>

                                 学ぶことから始まるが・・・
 教会で学ぶことは大切です。が、それは大切な第一歩です。しかし、学ぶことで終わっては何にもなりません。何のために学ぶかが問題だからです。それは信ずる道筋を見出すためです。
 では、信じることができたら、それで十分でしょうか。個人的に信じること、信じているつもりだけでは不十分です。
 信じた者は信じただけでは不十分です。バプテスマに導かれなければなりません。そのバプテスマによって、実はそれぞれがキリストの体に連なる枝になれるのです。霊的に生きるに必要な養分を直にいただくことになるのです。
 そして最後のステップが待っています。それが伝道すということです。大げさなことではありません。隣人にイエスさまのことを教えるのです。どうして、自分の中だけにとどまっていてはいけないのでしょうか?はっきりしていることがあります。それは、人は、教えることによって最大に学ぶことができるからです。別の言い方をすれば、よくわかります。親切に教えることによってひとは最大限に、その内容を理解し、自分のものにすることができるのです。

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