3-19<九段の丘> 

                      きょうが初日の千秋楽だ
 大相撲大阪場所が中日を迎えました。わたしの好きな言葉に「きょうが初日の千秋楽だ」があります。これは相撲とか芝居の興行界の言葉で、当事者たちが四六時中緊張し続けろということではない。むしろ、常に新鮮な気持ちで相撲をとり、舞台に上がりつづけろという意味でしょう。
さて、わたしの心を探ってみると、常にそのような前向きな積極的な生活態度を持ち続けていないことに気づきます。確かに「あしたできることは明日にすればいい」という思いもあり、何もきょう慌ててあくせくすることはないと思う場合も確かにあります。けれども、ではきょうの一日を充実して輝いて一所懸命生きているかどういかは問題です。いつも何か理由をつけては、実行を遅らせているならば、やはり素晴らしい生き方からはほど遠いと言わなければなりません。
人の命についても。明日を信じて生きることはすばらしいことですが、あしたをあてにしてきょうをぐうたらいきるのは間違っていると思います。
わたしたちが朝早く起きて、聖書を読み、こころ静かに祈ってはじめる一日は、不思議とすばらしく充実し、仕事もはかどります。そのように一日を終え就寝前に、振り返るなら充実感を味わうことができるでしょう。しかし、神さまを退けて、あたふた一日を始めると、不思議とばたばたと時間が過ぎて行き、何の成果も上がらずじまいです。
『何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。』(マタイ6:33)信仰の日常的実践なのでしょう。

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