8-6<九段の丘>

                                         何もしない
 夏休みです。家族と友達と、海へ、山へ。海外旅行?   ・・・・うらやましいですね。どうかご自分で、オリジナル・プランをたててみてください。パック旅行、お仕着せ旅行も無責任で気楽ですが、あまり思い出に残るものではありません。それよりも、行った先で「何もしない」豊かな時を持つことは、得難い命の洗濯になります。
 もう48年ほど昔のことになります。留学中、ひと夏テキサス州のヒューストンから北北東120kmにあるリビングストン国立公園にある教会キャンプのリーダーとして働いたことがありました。ひと夏で、一回10日間のキャンプを3回こなしました。男女1組のリーダーが、最大5名の男の子と5名の女の子と「家族」を形成するのです。大体中学生の子供たちで、人種はさまざまでした。わたしたちはそれを「生活キャンプ」と呼びました。2~3日で終わってしまうプログラム・キャンプとは、全く質の違いを感じました。時間はたっぷりありました。
 外部からなにも要求されません。何をしなくてもいいのです。しかし、何もしないことの難しさを味わうことになりました。そこに、このキャンプの狙いもありました。都会の子供たちにとっては貴重な体験でした。今なら、スマホやテレビのない生活です。初日には、スケジュール表が与えられましたが、そこには何も書いてありません。全部自分たちで相談して決めるのです。森林の中のキャンプサイトですが、わたしたち12人以外、木立の向こうから声は聞こえてきますが、姿は見えません。トイレや食堂は全体のキャンプ場の中央に位置しています。
 文明から解放されるのです。生の人間同士がお互いを見つめ直すので、すばらしい発見も可能です。「家族」内では、時にトラブルがありました。こういうプロセスがありました。はじめ表面的な交わりから入ります、・・・争い・・・いがみ合い・・・悩み・・・話し合い・・・和解・・・内面的な交わり=真の友情の確立へ。以上の体験ができたのも10日もあったからでしょう。ひと夏、3回も別の「家族」を経験し、わたし自身も随分と勉強になりました。「なにもしない」人間性を回復するキャンプでした。

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