2-4<九段の丘>

                               神さまへ従順と報い

 「惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる善い業に満ち溢れるように、あらゆる恵みをあなた方に満ち溢れさせることがおできになります。」(IIコリント9:6-8)

 人間中心で、現実的な対応と考え方が優先される限り、上記のみ言葉の真意を理解することはできません。実は、今日教会のなかでもクリスチャンたちは素直な信仰を失い、たしかに心の一部では神さまを信じているのでしょうが、主イエスさまの御心からは程遠いのが現状でしょう。それでは、信仰の力は発揮されません。

 マタイ福音書には「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすればこれらのものはみな加えて与えられる」(6:33)とあります。これは、明らかに神さまの御心最優先の生き方です。自分の思いよりも、神さまへの従順を優先する時、すべては信仰的に導かれ、わたしたちの予想を遥かに超えた神さまのご計画が実現するのです。

 国も、大きな団体組織も、そして個人も、御心に従う時、わたしたちの思いを超えて神さまのご計画が実現するという不思議があります。信じて、行う、まず神第一の生き方を選び取っていくというところに、素晴らしい信仰の展開を見ることができます。

 

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