九段教会コラム

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5-21<九段の丘>

2017年05月21日

        教会の絆
家族がいると、一人暮らしにはないトラブルが、起こったり、巻き込まれたりする。それを肯定的に受け止めるか、ただ単純に迷惑と思うのか。考え方次第なのかもしれない。夫婦だけでも、生きていく中で、多少の問題は起こる。子どもや孫がいて、更にその連れ合いができて、相手方の家族との関わり合いが生まれることになる。楽しいことも多々あるが、面倒なこともある。
 面倒なトラブルなどにどのようにかかわるのか?すべて拒絶し切り捨ててしまうやり方もなくはない。が、それでいいと言い切れるか?トラブル続きも困るが、だからと言ってすべてキリステ(切り捨て)教を決め込むか。
 ただ誰もが分かっていることがある。<絆>とは、何もないところからは生まれないし育たない。家族であることで、いろいろな問題に遭遇し、そのため振り回され、時間や費用を費やすことが出てくる。それに前向きに取り組むことから、<絆>は産み出される。
 教会は罪びとたちの集まりだと言う。口先で言うのは簡単だ。実際、面倒な事でもある。一歩間違えると、裁き合いになり修羅場にもなる。それを避けて通る人もいる。認めない教会の群れも多々ある。けれど、そこからは何も生まれない。教会員が家族になるのは、それでも教会に留まり、泥臭く面倒な友とのかかわりから逃げない事ではないか。主イエスさまが人気があるのは、逃げないで友の足を洗ったからではないか(ヨハネ13:1~20)。