九段教会コラム

このコーナーでは、教会からのコラムや行事等についての記事を投稿します。(不定期更新)


6-7 <九段の丘> 

2015年06月06日

    金・銀・鉛

自己管理は、結局のところ時間管理です。限りある時間を、どれだけ有効に用いるかにすべてがかかっていると言っても、過言ではないでしょう。一つの考え方を紹介します。必ずしもわたし自身が完ぺきに行っているのではないが、参考になると思うので、ここに紹介します。

一日24時間の時間帯を4つに分け、色分けします。午前は<金>、昼から夕方までが<銀>、夜は<鉛>で、残りが睡眠時間となります。このことを認識した上で、各人は時間帯をどのように、クリエイテイブに用いるかが問われるのです。

今読んでいる小説の主人公は、祖父から勤勉の尊さを学び、毎朝4時半に起床するのが当たり前になっている。ひと仕事、ふた仕事片づけて、8時ごろに家族と朝食をし、9時には店に出て従業員を指図したりします。そのおかげで、成功していくのですが・・・。

昼までが、一番大切な<金>の時間帯だと言います。とすると、それをいかに大きく取り分けるかが問われます。夜更かしし、朝寝坊をしていては<金>の時間がほとんど使えなくなってしまいます。「早起きは三文の得」

折角の限られた時間を、有効に使う事柄の内容の吟味も問われるでしょう。聖書を読み、祈りをすることを最優先にします。体を動かしての作業は、銀の時間帯か、むしろ鉛の時間帯でするので十分でしょう。

日が沈んでからの時間は、<鉛>だと言います。睡眠不足で、頭が朦朧としている中で、睡魔と闘いながらデスクに向かっているのなら、一層のことさっさと寝てしまい。頭がすっきりしてから、仕事・勉強に取り組んだ方がよほど効果的であるのは間違いないでしょう。

そこで思い出すのが、先般取り上げた世界一の大富豪ジョン・ロックフェラーです。彼もそのような規則正しい生き方を貫いた人でした。

He was discipline and self-control.

 


5-31 <九段の丘>

2015年05月30日

    ジョン・ウエスレー

ジョン・ウエスレーは1703年6月17日、英国のエプワースの牧師館に生まれました。牧師の父サムエル、母スザンナとの間に生まれた19人兄弟の第15子でした。

長じて1714年、ジョンはロンドンにあるチャーター・ハウス校に入学しました。まじめな彼は「自分は他の人のように悪くないぞ」と自分に厳しい律法主義的な生活をしたようです。しかし父は、そんな彼を見て「信仰というものは、もっと内面的なもので、内からあふれ出る生き生きとしているものである」と戒めています。

1720年、彼はオックスフォード大学のクライスト・チャーチ・カレジに入学し、将来は英国国教会の聖職に献身することを決心しました。大変な勉強家だったようですし、大学の中でも信仰のリーダーになっていきます。

彼は、何回か<回心>を経験しています。人間というものは、一度回心すればいいというような単純な者ではない事がわかります。聖書を読み、祈り、また先人たちの有益なる書物に啓発され導かれることの必要をみます。神さまは、そのように求める者を喜ばれ、御自分の器とされるのでしょう。

1738年5月24日、彼は福音的回心を経験します。毎年、わたしたちウエスレーの信仰の流れをくむメソジストと呼ばれる者たちは、この日を特別に記念して集会をし、彼の信仰に学ぶ機会をもっています。(ちょうど先週は、ペンテコステの日であると同時に、そのウエスレーの回心記念日でもあり、わたしたちは渋谷教会で特別の集会をいたしました。)

 


5-24 <九段の丘>

2015年05月23日

  神さまに忠実に生きて・・・

祝福をいただくために、引き出すために努力をしているか?いや、わたしは祝福などいらぬ、とおっしゃる方もあるだろう。祝福を狭い、自己中心的な或いは物質的なものと捉えるか、それとももっと根源的なものまで含めるかによっても当然ニュアンスは異なる。ここでは、広い意味での祝福と理解しよう。

先ず自分に死に、更に、主イエス・キリストと共に十字架に死ぬ。そして然る後、主と共に復活し、主の勝利に与る者となる。これが、イエスさまがわたしたちにお示しくださった<勝利の方程式>だ。けれども、日々の生活において、わたしたちは余りにも自己中心的ではないか?自分が努力して得たものであればあるほど、手放せと勧められても、放棄しようとしない。

一体、主のお勧めを拒絶する信仰などあるのだろうか。先週の礼拝では、世界の大富豪といわれたロックフェラーの母の教えを紹介した。自分が真実だと思うからこそ多くの方々に祝福に近づいていただきたいがために紹介した。10あるがその一部分でも、あなたが実生活で行うことを期待する。以下まとめて、箇条書きにしてみる。ひとつひとつ説明を要するが。

○実の親以上に、神さまに仕えなさい。

○神さまの次に、牧師に仕えなさい。

○常に十分の一献金をすること。

○誰であっても、敵はつくらない。

○礼拝では、いつも一番前の席に座る。

○朝一番に神さまの御言葉を読み、就寝前に、その日を振り返り悔い改めの祈りをささげる。

彼は貧しいときから<母の遺言>を忠実に守った。彼は生涯において、天文学的な額の献金と寄付をした。結果、ロックフェラー医学研究所とロックフェラー財団をはじめ、シカゴ大学など12の総合大学と12の短大、4928の教会を建てて、社会に貢献した。彼は確かに特別だったかもしれないが、しかしある意味特別ではなく、まさに神さまに忠実に生きて、祝福をいただき、それを分かち合った人だったのではないか。

 


5-17 <九段の丘>

2015年05月15日

  教会の誕生日

 キリストが十字架につけられ殺された。どうすることもできずに手をこまねいていた弟子たち。万事窮す。あのキリストとの日々は一体何だったのか。夢のように過ぎ去ったキリストのとの3年間が虚しい。

ところで3日目にキリストは復活された。その後、40日にわたって、弟子たちに現れて新しい神の祝福の約束をお与えになった。「まもなく聖霊によって洗礼を授けられる」「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力をうける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリヤの全土でまた地の果てに至るまで、わたしの証人となる」

復活祭からちょうど50日目の五旬祭(五十日祭=ペンテコステ)に、祈っていた弟子たちに神の霊がくだった。それまで敵対者たちの目を逃げ隠れていた弟子たち。上からの力を受けて、部屋の戸を破り、街頭に出て、イエス・キリストを宣べ伝えはじめた。不思議な光景だった。特別に訓練を受けたわけでもない、ただ言われるままにひたすら心を合わせて祈っていただけ。そこに神の霊なる聖霊がくだる時、人々は変えられた。

正式には『聖霊降臨祭』、そのときの祭りの名前を拝借して、『ペンテコステ』と呼ぶようになった。それが、キリスト教会の誕生の由来。アジアの西の端の小さな国からはじまったキリスト教は、多くの迫害に負けず、いや迫害のお陰で各地に散らされ広まった。2000年後の今日、アジアの東の端に島国の日本にも、その教えはしっかりと根を下ろしている。人々を幸せにする聖霊パワーって、すごい!

来週5月24日は『ペンテコステ』です。


5-10 <九段の丘>

2015年05月13日

  本当にシカタガナイでいいのか?

 カレル・ヴァン・ウオルフレンが書いた『人間を幸福にしない日本というシステム』という本がある。彼は長きにわたって日本に拠点をを置いて世界的に活躍しているジャーナリストだが、日本人に向けて書き下ろしたのが本書である。愛情を込めて。かなりの売れ行きらしい。

今までわたしが思ってきたことを、彼は見事に代弁していてくれるのには驚きだ。例えば、過去の大地震の被災者の場合もそうだが、あらゆる分野のあらゆる種類の人たちが、二言目には「シカタガナイ」を連発して、諦めていることである。シカタガナイ(仕方がない)としても、次にはそうでない方向に個人も社会も努力すべきだと思う。けれど、立ち上がり発言したり、批判行動を起こしたりしない。もっと始末が悪いのは、責任あるはずの者が「想定外」と平然と言って責任回避すること。更にそれをマスコミをはじめとする周囲の者が追求しない風潮だ。

「ガタガタ言うのは大人げない」「自分さえ我慢すれば済むことだ」そう言う。クサイものにフタ!だから、ちっともわたしたちの生活はよくならない。

もっと、自分の残りの人生のため、子供たちのため、将来生まれてくる孫たちのために、あらゆる矛盾に目を向けることだ。当たり前に感じる矛盾を矛盾として指摘し、改善するように監視し、努力すべきだ。住みやすい、人間として当たり前に幸せを謳歌できる社会を築く努力を今のわたしたちがしないで、一体誰がするの?

困った時だけ「シカタガナイ」と言って、長いものには巻かれるような生活をしていて、日本は愛するに足りる祖国たりえるのか?大人が国や社会や会社に対して諦めの姿勢でいて、子供たちが夢や幻を持っていないと批判できるか?「子供は大人の姿を写し出す鏡だ」とはよく言ったものだ。