九段教会コラム

このコーナーでは、教会からのコラムや行事等についての記事を投稿します。(不定期更新)


<<モダンジャズ・コンサート開催のお知らせ>>

2015年07月11日

九段教会恒例のコンサートの季節がやってまいりました。

来る8月16日、日曜日、午後3時から開かれます。

会場はもちろん、九段教会集会室

おさそいあわせのうご参集ください。

出演は「高田テルヒコ・グループ」です。

                 ★出演者は以下の方々

                   ○細川正道(ベース)

                   ○小林鈴勘(尺八)

                             モトキ(ピアノ、ギター)

                  ○ジュン・葉山(ボ-カル)

                  ○髙田光比古(ドラム)

                           【入場無料】


7-5 <九段の丘> 

2015年07月04日

 禅的生き方に学ぶ

酒処では、新酒ができるときき酒ということをいたします。検査官や税務員が立ちあって、いちいち酒の味をみて、これが一級だ、これは二級だとか決めるのです。そのとき、きき酒をする人は、口に含んだ酒を、ひとつ味わうたびに全部きれいに吐き出してしまいます。そうしないと、次の味が分からなくなるからです。つまり、舌が<無>でないと、ものの本当の味がわからないのです。<無>であることが大切です。これとおなじように、意識が常に<無>でないと、わたしたちは真実を認識することはできないのです。

意識がいつも本来の<無>であることです。それが、わたしたちを正しく世界を認識して行くために、大切な条件です。わたしたちが世界をみる場合、古い経験と知識によって、つまり先入観によることが多く、その上利己的な種々の雑念が加わりますから、純粋にそのものを見ることはほとんど不可能です。

禅の必要なことは、そういう古い経験と知識、記憶を捨てて、ほんとうに純粋な人間の、先験的意識をもって世界を見てゆくことにあります。(以上、山田無文『禅を解剖する』より翻案させていただきました)

鏡のような心をもって、この世を素直に受け止めるところから、すべてを始めたいものです。できる限り先験的意識、偏見を取り除きたいものです。

 

 


6-28 <九段の丘>

2015年07月01日

   神さまの賭け

「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」(ヨブ記1:21)

罪のない人が、無垢なおさなごが、どうして信じられないような災い、困難に遭うのか?・・・・人類永遠の問いである。毎朝、新聞を開けば、そのような記事をさがすのに苦労はいらない。

旧約聖書ヨブ記によると、ヨブのことで、神さまとサタンがこともあろうに賭けをしたという、とんでもない記事である。ヨブの災難はそこから始まる。神さまはヨブの信仰の確かさを信じ、サタンはヨブが神さまへの信仰を持ち続けているのは、物質的に社会的に家庭的に恵まれ祝福されているからだと、断定する。神さまが、あらゆる面で彼に祝福を与えているから、彼が感謝するのが当たり前だ、と主張します。

ではどうなるか見ようではないか、と神さまは、サタンと賭けをすることになります。サタンは、限定つきの災いを下すことをゆるされます。もちろんヨブは、そのすべてを知りません。自分の苦しみの原因がどこから来たのか。ヨブは、世のありとあらゆる困難に遭遇することになります。迷惑な話です。その苦しみの真っ只中での彼の信仰の叫びが文頭に掲げたものです。

<若くして親友が交通事故で死んだ。なぜだ?理不尽だ!彼が何か悪いことをしたか?神はどこで、何をしていたのか?そんな神なんて神じゃない!だから、わたしは神なんて信じない>そういう声が聞こえてきます。

神さまの前に、虫けら同然のわたしは、それでもヨブと共に、神さまを信じていきたい。これまで、よいものもたくさんくださった神さまを!

 


6-14 <九段の丘>

2015年06月20日

 

   四分の一の意味

苦しみ、苦しみ、苦しみ、楽しみ。苦しみ、苦しみ、苦しみ、楽しみ。苦しみ、苦しみ、苦しみ、楽しみ。~~~人生の達人の多い、ユダヤ人が教えてくれた生き方です。人生は四分の三が苦しみで、四分の一が楽しみで、ちょうど良いのだと。生きるということは、苦労する事。そして、時々、息抜きのようなご褒美としての楽しみがあって、ちょうど良い。

失敗、失敗、失敗、成功。失敗、失敗、失敗、成功。失敗、失敗、失敗、成功。~~~失敗にめげないで、失敗を恐れないで行けば、成功が向こうから来る。<人は、成功からよりも失敗から多くを学ぶのです>

同じような表現がいくつかできます。逆風、逆風、逆風、順風。//逆境、逆境、逆境、順境。//反対、反対、反対、賛成。//

プロ野球の一流選手でも、4回バッターボックスに入って、1回ヒットを打てばレギュラーと言えるでしょう。その意味で言えば、空振り、空振り、空振り、ヒット。~~~「そりゃ、もっとヒットを打ちたいわ。でも、向こうは打たせまいと投げてくる」その中で、空振りを恐れていては、ヒットは打てんわ!だから、4打数2安打(打率5割)以上をマルチヒットと賞賛される。それだけ難しい!あの長島茂雄さんの生涯打率は3.333割だった。3打数1安打。すごい数字だった。

そう言えば、かのエジソンは、99回失敗して、100回目に成功したのではなかったか。その繰り返しをして、結果<発明王>と呼ばれるほどになった。失敗を恐れていたら、あの偉大なエジソンは誕生しなかっただろう。


6-21 <九段の丘> 

2015年06月20日

   生きるに大切なこと

わたしは、人間は単に生き永らえるのではなく、勝利すると信じます。人間が不滅なのは、生きとし生けるものの中で、人間だけが言葉を持っているからではない。そうではなく、人間は魂が、憐れみを感じ、犠牲的精神を発揮し、忍耐することのできる精神があるからです。人間の過去の栄光であった勇気と、名誉と、誇りと、思いやりと、憐れみと、犠牲的精神を、人に思い出させることによって、人が耐えることの手伝いをするのが作家の任務である。

以上の言葉は、ノ-ベル文学賞を受賞したアメリカの作家W.フォークナーが受賞記念の演説での一節です。さすがです。だからノーベル賞なのでしょう。

生きていくということは、悩むことです。困難に遭遇することです。しかし、その中で自分のことだけでアップアップしているだけではいけないというのでしょう。たとえそういう状況であっても、イヤそうであればこそ、勇気と希望を失わず、隣人への思いやりと憐れみを忘れないで、犠牲的精神を発揮していくことが大切だというのでしょう。そのように隣人への積極的な思いこそが、あなた自身をまことに人らしい意味深い人生へと導いてくれるのです。