九段教会コラム

このコーナーでは、教会からのコラムや行事等についての記事を投稿します。(不定期更新)


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4-19 <九段の丘>

2015年04月18日

 宗教の万国博覧会

友人とわたしは、博覧会に行きました。<宗教の万国博覧会>です。貿易見本市ではありません。宗教の見本市です。でも競争は同じくらい激しく、宣伝は同じくらい騒々しかったのです。

<ユダヤ教展示場>では、<神>は<完全にあわれみ深い方>で、ユダヤ人は<選ばれた民>であると、書かれた資料をもらいました。他のどの民族もユダヤ民族のように<選ばれ>ていないのです。

<イスラム教展示場>では、<神>は<完全に慈悲深い方>で、マホメットだけが、<預言者>である、と教えられていました。救いは<神の預言者>に耳をかたむけることによってのみ、なされるのだというのです。

<キリスト教展示場>では、<神>が<愛>であり、<教会>の外にはどんな救いもないことを発見しました。<教会>に加わるか、永遠の破滅に身をさらすかどちらかなのです。

外に出ながら、わたしは友人に尋ねました。「<神>についてどう思う?」友人は答えました。「<神>は偏屈で、狂信的で、残酷だよ!」

家に帰るとわたしは<神>に言いました。「主よ、どうしてこんなことを耐え忍んでおいでなのですか?あの連中が、何世紀もの間、あなたの悪名を高くしてきたとはお思いになりませんか?」

<神>は言われた。「わたしが博覧会を組織したわけではないのだよ。わたしは恥ずかしくて、そこを訪れる気にもならないのだ。」

(アントニオ・デ・メロ『小鳥の歌』より)

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宗教に確固たる信頼をおくことにより、自らを自由にし、自分の生活を花咲かせることは、すばらしいことです。ただ、人を排斥したり、人を縛るものであるなら、それは<神>を悲しませることになるのでは?

 

(追記。「信仰と理性」とを対立的に論ずる場合があります。理性も神さまの賜物であるとするならば、わたしたちは自らの信仰の故とは言いながら、理不尽と思える命令に従うことはないでしょう。理性に反してまで、常識や良心を咎めるような言動は厳に慎むべきでは。)


4-12 <九段の丘>

2015年04月12日

 パイを分けあっても、座席に坐れても

限られた一枚のパイがあります。これをそこにいる人々が平等に分けあうのが社会正義であることを主張したのがカール・マルクスでした。また彼は皆が平等にバスに乗れ、座席に坐れるようにならなければならないと説きました。マルクスと同時代の人ゼーレン・キエルケゴールの人間理解は、マルクスと異なり、より深いものでした。彼は、バスに乗ったとしても、バスの座席や内部構造を変革し、すべての人々が公平に、楽しく坐れるようになったとしても、そのバス自体が深い谷に向かって転落しつつあるとすればどうなるかを問いかけました。

確かに、日本だけに注目したとしても、マルクス的視点からも問題だらけです。弱い立場にある人たちや意識ある者たちは、無神経な人たち、特に権力を持ち責任ある地位についている人たちに対して、しきりに反省を求めています。日本のなかでさえこれだけの格差、差別があり、しかも有効な努力もできないままに、問題を先送りしているのは困ります。世界的規模の問題に、わたしたちは取り組む責任があるからです。大変でも、逃げない姿勢が大切です。

けれどももう一つの面を忘れてはいけない。それがキエルケゴール的視点です。ヒューマニズムでは片づけられない人間の「罪」の問題を解決しないで、わたしたちに真の平安は訪れません。「罪」とは聖書では「的をはずす」とか「離反」という意味があります。わたしたちの努力が無駄にならないためにも、<真に畏れるべきお方を畏れなければ>なりません。主イエス・キリストが復活の勝利を遂げられたとは、死ですべてが終わりではない、死を貫いて、希望があることを信じさせてくれます。また、心の問題に真摯に取り組む時、今日の日本に山積している諸問題を解決できるようになるのだと思います。


4-5 <九段の丘>

2015年04月03日

              イースター・エッグって知ってる?

教会では、クリスマスを「固定祝日」に対して、イースターを「移動祝日」といいます。毎年、<「春分の日」の後の、満月の後の、日曜日>と決められているからです。移動の幅は、春分の日直後から約1カ月、つまり4月中旬までです。

全世界のキリスト教会は一年の中で一番喜ばしい日として祝います。日本のデパートでもコンビニでさえも最近ではこのイースターにちなんで特設売り場を設けるまでしています。ただ、毎年、その日が移動するので苦労しているようです。

どの特設売り場にいっても必ずあるのがニワトリの卵に似せたチョコレートかお菓子です。ヨーロッパなどでは、このイースターの季節になると、街角などで可愛いお嬢さんたちがゆで卵をきれいなカゴに入れて売る姿を見かけます。

たまごは堅い殻につつまれて一見その中に命などを宿しているようには見えません。しかし、親鳥がしっかりその羽のしたに抱える時、新しい命の誕生となります。それでキリストが十字架上に死なれ、三日の後、よみがえった、そのシンボルとして卵が用いられているとも言われます。

わたしたちの教会でもきれいなイースター・エッグを用意しています。