九段教会コラム

このコーナーでは、教会からのコラムや行事等についての記事を投稿します。(不定期更新)


6-14 <九段の丘>

2015年06月20日

 

   四分の一の意味

苦しみ、苦しみ、苦しみ、楽しみ。苦しみ、苦しみ、苦しみ、楽しみ。苦しみ、苦しみ、苦しみ、楽しみ。~~~人生の達人の多い、ユダヤ人が教えてくれた生き方です。人生は四分の三が苦しみで、四分の一が楽しみで、ちょうど良いのだと。生きるということは、苦労する事。そして、時々、息抜きのようなご褒美としての楽しみがあって、ちょうど良い。

失敗、失敗、失敗、成功。失敗、失敗、失敗、成功。失敗、失敗、失敗、成功。~~~失敗にめげないで、失敗を恐れないで行けば、成功が向こうから来る。<人は、成功からよりも失敗から多くを学ぶのです>

同じような表現がいくつかできます。逆風、逆風、逆風、順風。//逆境、逆境、逆境、順境。//反対、反対、反対、賛成。//

プロ野球の一流選手でも、4回バッターボックスに入って、1回ヒットを打てばレギュラーと言えるでしょう。その意味で言えば、空振り、空振り、空振り、ヒット。~~~「そりゃ、もっとヒットを打ちたいわ。でも、向こうは打たせまいと投げてくる」その中で、空振りを恐れていては、ヒットは打てんわ!だから、4打数2安打(打率5割)以上をマルチヒットと賞賛される。それだけ難しい!あの長島茂雄さんの生涯打率は3.333割だった。3打数1安打。すごい数字だった。

そう言えば、かのエジソンは、99回失敗して、100回目に成功したのではなかったか。その繰り返しをして、結果<発明王>と呼ばれるほどになった。失敗を恐れていたら、あの偉大なエジソンは誕生しなかっただろう。


6-21 <九段の丘> 

2015年06月20日

   生きるに大切なこと

わたしは、人間は単に生き永らえるのではなく、勝利すると信じます。人間が不滅なのは、生きとし生けるものの中で、人間だけが言葉を持っているからではない。そうではなく、人間は魂が、憐れみを感じ、犠牲的精神を発揮し、忍耐することのできる精神があるからです。人間の過去の栄光であった勇気と、名誉と、誇りと、思いやりと、憐れみと、犠牲的精神を、人に思い出させることによって、人が耐えることの手伝いをするのが作家の任務である。

以上の言葉は、ノ-ベル文学賞を受賞したアメリカの作家W.フォークナーが受賞記念の演説での一節です。さすがです。だからノーベル賞なのでしょう。

生きていくということは、悩むことです。困難に遭遇することです。しかし、その中で自分のことだけでアップアップしているだけではいけないというのでしょう。たとえそういう状況であっても、イヤそうであればこそ、勇気と希望を失わず、隣人への思いやりと憐れみを忘れないで、犠牲的精神を発揮していくことが大切だというのでしょう。そのように隣人への積極的な思いこそが、あなた自身をまことに人らしい意味深い人生へと導いてくれるのです。


6-7 <九段の丘> 

2015年06月06日

    金・銀・鉛

自己管理は、結局のところ時間管理です。限りある時間を、どれだけ有効に用いるかにすべてがかかっていると言っても、過言ではないでしょう。一つの考え方を紹介します。必ずしもわたし自身が完ぺきに行っているのではないが、参考になると思うので、ここに紹介します。

一日24時間の時間帯を4つに分け、色分けします。午前は<金>、昼から夕方までが<銀>、夜は<鉛>で、残りが睡眠時間となります。このことを認識した上で、各人は時間帯をどのように、クリエイテイブに用いるかが問われるのです。

今読んでいる小説の主人公は、祖父から勤勉の尊さを学び、毎朝4時半に起床するのが当たり前になっている。ひと仕事、ふた仕事片づけて、8時ごろに家族と朝食をし、9時には店に出て従業員を指図したりします。そのおかげで、成功していくのですが・・・。

昼までが、一番大切な<金>の時間帯だと言います。とすると、それをいかに大きく取り分けるかが問われます。夜更かしし、朝寝坊をしていては<金>の時間がほとんど使えなくなってしまいます。「早起きは三文の得」

折角の限られた時間を、有効に使う事柄の内容の吟味も問われるでしょう。聖書を読み、祈りをすることを最優先にします。体を動かしての作業は、銀の時間帯か、むしろ鉛の時間帯でするので十分でしょう。

日が沈んでからの時間は、<鉛>だと言います。睡眠不足で、頭が朦朧としている中で、睡魔と闘いながらデスクに向かっているのなら、一層のことさっさと寝てしまい。頭がすっきりしてから、仕事・勉強に取り組んだ方がよほど効果的であるのは間違いないでしょう。

そこで思い出すのが、先般取り上げた世界一の大富豪ジョン・ロックフェラーです。彼もそのような規則正しい生き方を貫いた人でした。

He was discipline and self-control.