九段教会コラム

このコーナーでは、教会からのコラムや行事等についての記事を投稿します。(不定期更新)


8-28<九段の丘>

2016年08月27日

                                  神の愛を受ける
  林文雄の伝記本を読んでいます。救ライに一生をささげた人です。昭和2年の事です。医者としてライ病院に働きの場を求め、東村山にある公立ライ療養所全生病院(現・多磨全生園)に就職し、多くのショックを受けながらも、信仰が問い直され、深められていきます。
 半端でない光景だったと正直思ったと記されています。・・・・・うみにまみれてくずれた顔、鼻柱が欠けてしまったグロテスクな顔、眼球がえぐりとったお化けのような顔、手のない人、足のない人、全身ほうたいに包まれて棒のように転がっている人々の群れがひしめいていた・・・・。
 働きはじめて、しばらくして、人格的に優れたキリスト者でもある光田健輔院長との話で、感想を述べているところがあります。
 「わたしは今まで、立派な行いこそがキリスト者であり、また、喜びにつながる者であると信じていました。ところがどうでしょう。(ここでは)一日何もできない盲人や、足なえや、寝たきりの重症患者たちが、喜びにあふれて、静かな平安に、心ゆくばかりひたっているのです。」「・・・・たとえば、いままでは大きいもの、美しいもの、明るいもの、そして何かキリスト教的な行いが、キリスト者の資格であると、考えてきたのです。ところが、なんと、小さいもの、弱いもの、醜いもの、動けないものの中に、『神の愛』が宿っているのを、この目で見ました。」と告白しています。
 気になる聖句が、少し理解できるようになりました。「それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです」(第1コリント12:22)。神さまの恵みを100%いただくためには、わたしたち自身100%空しくなることが重要だという事です。神さまの祝福を受ける最もふさわしい条件が、実はわたしたちの<虚しさ・弱さ>だという事でしょう。

8-21<九段の丘>

2016年08月21日

                              神を賛美することこそ
一つの思い出がある。アメリカ留学時代、神学校の教授である音楽博士のY先生は、神学校では伝統的な教会音楽を教え、毎日チャペル礼拝のオルガンを演奏されていた。その先生が日曜日になると、小さな集会で奏楽を担当されていた。楽器はアップライト・ピアノで、ほかにはスネアドラムをブラッシでたたく黒人の青年一人だけ。けれども、先生は実に楽しそうに讃美歌を伴奏していたのを思い出す。クラッシクからジャズ、コンテンポラリ-と幅の広い守備範囲で自由闊達に演奏されていたことだ。
モダンジャズについてのコメントに、弟の光比古から珍しく高い評価をしてもらったことがある。クラッシックだけが正統であるかのような狭い音楽理解が、教会の一部に横行しているが、現代ある様々な音楽をそう簡単に断定しきれるものではないだろう。
堅苦しければ教会音楽なのか。ジャズはクラッシックに比べて劣るなどと思うのは勝手だが、その狭い考えにしがみつくのは愚かなことだ。
わたしの神学校の後輩の牧師に、演歌大好き人間がいた。礼拝で演歌こそ歌わなかったが、気に入った演歌の歌詞を材料に、よく説教をしたものだ。そして、にやりと笑って、一言。「演歌って、本当にイイデスネ!」
って。演歌好きの礼拝出席者だっているだろう。
結局のところ、好みのちがいでしかないことを思い知るべきだし、楽器や音楽の種類が問題ではなく、演奏する人の心のあり方こそが問われるのだろう。


8-14<九段の丘>

2016年08月13日

 before/after  聖徒の交わり

 愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。          (第一コリント13:4~7)
 クリスチャンになる前と後、つまりbefore  /afterで、変化がなければ意味がありません。イエスさまに出会い、聖霊に満たされ、神さまに向かって歩み出した者が、それ以前の生き方と全く変わらないのであるなら、いわゆる信仰による回心・悔い改めが起こらなかったことになるからです。
 教会とは生きた人たちの集合体です。当然、固定したものではありえません。流動的で、ダイナミックなものです。変わらないはずがありません。刻一刻、日々変化するのが当たり前なのです。
 新しい方々に教会に来てほしいと、誰もが願っている筈です。ただ、新しい方がいらっしゃるとは、その一人分わたしたちに変化が起こることを理解しておく必要があります。そのことを嫌がっては、何も始まりません。
 おのおのが上記の愛のあり方に立ち帰ることです。実は、わたしたちは教会においてわたしたちの<愛>が日々試されているということです。愛があるクリスチャンだ、と自任しする者は、常に主に喜ばれる者になっているかが問われているのです。
 時に厳しく、お互いをチェックし合いましょう。パウロ先生の言われるように、<本当の忍耐強く、礼儀正しく、自己中心でないか>をチェックし合いましょう。謙虚にされましょう。それこそが聖徒の交わりです。それができないようでは、教会でもなければクリスチャンでもありません。

 


8-7<九段の丘>

2016年08月06日

                     世界を変える、自分を変える
 ある信仰者が次のように告白した。
「若かった頃、わたしは革命家でした。<神>へのわたしの祈りはすべて次のようでした。『主よ、わたしに世界を変える力をお与えください』
   中年になり、わたしの半生がたった一つの魂さえ変えることができず過ぎ去ったことに気づいた時、わたしの祈りを次のように変えました。
『主よ、わたしと接触するすべての人を変えるお恵みをわたしにお与えください。家族と友人だけでも結構です。それだけで十分満足です。』
    ところが老人になり、残りの日々が限られてきた今、わたしは自分がどんなに愚かであったか分かりはじめました。今、わたしのただ一つの祈りはこれです。
『主よ、わたし自身を変える恵みをお与えください』
  
  もしわたしが初めからこのように祈っていたら、わたしは人生を無駄に過ごさなくてすんだでしょうに。」
 
   ほとんどの人は、世界を変えるために他の人を変えようと考えます。自分自身を変えようとはめったに考えません。
  「兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。(マタイ7:4)」と、キリストはおっしゃるのだが。

チャイルドファンドのこと

2016年08月02日

チャイルドファンドジャパンの理事長を深町正信先生からお引き受けして久しくなります。教会内で、控えめにしていたところ、教会員から、もっと声を大にして、貴い奉仕について、髙田牧師自身が発信すべきだとの声があがりました。
CCWAから始まる戦後の、特に日本の子どたちへの愛情あるケアの数々・・それが、ケアをする人たちの養成校としての玉川保育学校から和泉短期大学へ、国内の子どもたちの施設としてのバット・ホーム、そして国外の子どもたちの応援を主とするチャイルドファンドの3本柱が、今日までそれぞれの使命を担ってまいりました。

チャイルドファンドの使命は、今のところ主にフィリッピン、ネパール、スリランカの3事業国に絞られています。1975年からは受ける側から、与える側になりました。近年は特定非営利活動法人も取得しました。社会的認知も受けるようになりました。

ここで詳細を申し上げられません。ただ、最近はホームページも充実してきましたので、一度HPにアクセスしてみてください。わたしたちの活動の全貌を見ることができます。

気に入ったら、応援してください。関心のある方に、ご紹介ください。何といっても、ひとりでも多くの方に、活動をしっていただくことが先決です。よろしくお願いします。

2016年8月1日

チャイルドファンドジャパン理事長 髙田和彦(九段教会牧師)