九段教会コラム

このコーナーでは、教会からのコラムや行事等についての記事を投稿します。(不定期更新)


9-25<九段の丘>

2016年09月24日

                                             ことばの魔法
1. 小さなかごに花を入れ、さびしい人にあげたなら、
 部屋に香り満ちあふれ、くらい胸もはれるでしょう
  (おりかえし)
    愛のわざは小さくても 神の御手が働いて、
    悩みの多い世の人を 明るく清くするでしょう
2. 「おはよう」とのあいさつも、 こころこめて交わすなら、
   その一日お互いに、よろこばしく過ごすでしょう。
              (讃美歌第二篇26番)
 教会のホームページ、教会と個人のフェースブックにコラムを掲載して、思いがけない反応をいただくことがあります。さりげなく書いたものに高い評価をいただくことがあり、本人が驚きます。そんな時、ふと上に紹介した讃美歌を思い出し、本当にそうだなと思います。
 「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」「ありがとう」と挨拶し、食事のときには「いただきます」「ごちそうさま」と、言葉を交わし合うだけ。その大切さと素晴らしさを、あらためて感じるのです。
 本当のところさびしいのが、現代人、特に都会に生活する人たちでしょう。その中で、気持ちをことばにするだけで、一日をたのしく過ごせることを発見しましょう。

9-18<九段の丘>

2016年09月16日

                                               スピーリ
 「アルプスの少女ハイジ」の作者であったヨハンナ・スピーリは、晩年ある看護学校を訪れた時、ゲストブックにサインした際、次のように書いたそうです。
  ”幸運は、だれにいちばん美しい棕櫚の
   枝をさしだすであろうか。
   それは、喜んでものごとをやりとげ、
   やりとげたことを喜ぶ人にたいして”
とゲーテのことばを引用して、自分の名前をサインしたそうです。

 スピーリの研究家であり、ドイツ文学者でもある高橋健二氏は、
 ゲーテの次のことば、
 「気持ちよい生活を作ろうと思ったら
 すんだことには、くよくよしないこと
 めったなことに腹を立てないこと
 いつも現在を楽しむこと
 とりわけ、人を憎まぬこと
 そして、未来を神にまかせること」
を引用して、この生きかたこそ、スピーリの生きかたにあてはまると言っています。
 信仰のあついクリスチャンであったスピーリは、すべてを神にまかせ、現実の生活を明るく生きることを、まずだいじにした人でした。
 スピーリは、読書によって自分自身の教養と人生とを育てていった人でした。

 


9-11<九段の丘>

2016年09月14日

                                               内村鑑三
 札幌にいたときは、多くの友人にかこまれて、楽しい教会生活だった。それが、東京にかえると、家には儒教信奉者のきびしい父がおり、職場には、きつねのようにずる賢い上司がいた。そして、唯一の心のやすみ場である教会には、教派という冷たい一面があった。
 明治のはじめ日本のキリスト教には、教派などなく、ただ、キリストにつながる愛だけがあった。それなのに、いったいどうしたのだろうか。
 内村はキリストを中心とした愛によってのみ成る札幌教会しか知らなかったので(彼はここでハリスメソジスト監督より洗礼を受けた)、東京で接した教会の雰囲気があまりにちがうため、とまどってしまった。田舎者でも貧乏人でも、わけへだてなく、あたたかく受け入れてくれる愛のある教会が欲しい—-彼は切実におもうのだった。
 純粋な内村の心は、キリストの愛を疑うようなことはけっしてなかった。しかし、信じる人たちの内側にある冷たさを、彼の知性がするどく見抜いていた。教会も、職場も、家庭も、すべてキリストの手のうちにあることを知っている。それだけに、それに不満をもつことは、キリストに不満をもつのも同じだというふうに考え、自分の心の狭さや罪深さを、たまらないほどに感じる内村であった。

 信仰の取り組みの中で、内村鑑三は、純粋に聖書の学びを中心とした集りを志した。それが聖書研究会になり、結果として、形式にこだわらない無教会主義のグループへと成長していくこととなる。彼は多くの人材を育てた教育者であり、当時の社会に対する預言者の声だった。


9-4<九段の丘>

2016年09月04日

  旅行かばん
 1970年代はじめの、留学していた頃、休暇になると日本まで帰れないので藤田正武牧師のいるコロラド州デンバーを訪れました。(アメリカではほとんどの州が州都と経済等の中心地は別なのが普通です。が、コロラド州だけが例外で、二つが一つになっている。)
   ある大金持ちの家に招待されたことがありました。冬の家は町の一等地にあり、こんもりとした森の中といった風情。道路を隔ててお向かいの家がかろうじて見える。夏の家は空が広く見える、郊外の広大な敷地の丘の上にあった。背後には私設のゴルフコースまで持っていた。わたしはその金持ちの所有する会社名を聞いてすぐにユダヤ系であることに気が付いた。
 今でこそ旅行の時、実に様々な種類のスーツケースを選ぶことができる、ありがたい時代である。昔は、少ない種類しかなかった。駅などでの扱いの荒々しさは、今も昔も変わらない。それでも50年前は比較的穏やかなものだったが、ジャンボジェットの大量輸送時代を迎えると扱いは一段とひどくなった。見ていると5つも6つもスーツケースを無造作に重ねて運んでくる。受難時代だ。そんなところにも目をつけ、時代を先取りした会社が、S社ではなかったか。
 この会社の名前こそSAMSONITE[サムソナイト]。昔からオフィス用品、とくに折り畳みのスチール椅子とかスーツケースでは世界で指折りの会社。これは素晴らしいネーミングだと思う。サムソナイトとは「サムソン」から来ているSamsonite、「サムソン人」、「サムソンのような」という意味になる。サムソンとは、ご存知旧約聖書に出て来る代表的な士師の一人。映画『サムソンとデリラ』でも有名。怪力の持ち主。まさに丈夫な製品のイメージにピッタリ。興味のある方は、旧約聖書の士師記13章から16章をお読みください。