九段教会コラム

このコーナーでは、教会からのコラムや行事等についての記事を投稿します。(不定期更新)


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6-11<九段の丘>

2017年06月10日

                                           期待すること。信じること。
 昔むかし、ある村でのお話です。その年は、梅雨になっても雨が全然降りません。そんな日が何日も続きました。そのままでは。稲も枯れてしまいます。村人たちは<雨乞いのご祈祷>をすることになりました。村人こぞって村で一番高い山にのぼり、お祈りをするのです。
 <雨乞いのご祈祷>の当日です。人々はお日様がギラギラ輝きカンカン照りつける中、山道を頂上目指して歩いていきます。さまざまな日除けを持参しています。竹筒には水が入っています。すると中に、雨傘だけを抱えているおばあさんがいました。人々は、こんな雲一つない晴れた日に雨傘を持っていくなんておかしいと嘲笑いました。おばあさんは、人々の嘲笑いの声を平然と聞き流して、黙々と歩いていきました。
 このお話で、<雨乞いのご祈祷>の結果、雨が降ったか降らなかったかよりも大切な点があります。
 人々とこのおばあさんとどちらがおかしいでしょうか?心から神さまの力を信じていたのは、このおばさんではなかったか。雨対策をしていたのは、神さまが雨をふらしてくださることをしんじていたからでしょう。それに引き換え、他の連中は、<雨乞いのご祈祷>には参加はしたけれども、結局のところそれはきやすめでしかなく、神さまが雨を降らしてくれるとは、頭から信じていなかったとうことでしょう。もっと厳しい言い方をすれば、人々にとって雨が降ってもふらなくてもどうでもよかったことになります。このおばあさんは、心から雨を期待していたことにもなります。
 あなたのいのりには、このおばあさんの<期待>がこめられていますか、それとも?