九段教会コラム

このコーナーでは、教会からのコラムや行事等についての記事を投稿します。(不定期更新)


12-3 <九段の丘>

2017年12月07日

真実に目を注ごう・・・

主イエスさまのご降誕をお迎えするにふさわしいキリスト者のあり方とは、なんと単純であり、それでいて何とむずかしいことか。決めてのポイントは、ふさわしいかどうかということ。別の言いをするなら、赤ちゃんイエスさまが飼い葉桶の中から、わたしたちを御覧になって、喜んでくださるか、それとも失望なさるか。それが基準になるということでしょう。

社会の底辺である、馬小屋に主はお生まれになった。それは理想的な誕生の場所だったのでしょうか?とんでもありません。「宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」(ルカ2:7)そうするしかなかったのです。世間は、貧しい聖家族をあたたかく迎える心がなかったのです。自分の幸せだけを追い求めていたために、助けを必要とする人々へのやさしさがを失っていたのです。

街の宿屋で、ホテルで飲み食いする豊かな人々は、そこに佇む聖家族に気が付かなかったのです。いや、彼らには見えなかったのでしょう。しかし、それこそが問題だった。見えなかった、分からなかったでは済まされないことはあります。

その地方で気が付いたのは、野宿しながら羊の番をしていた羊飼いたちだけだった。自分たちと同じような境遇の人たちが、仲間同類として見えたのでしょう。