重荷を負う者は、休ませてあげよう

 主イエスは、「わたしの名によって何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう」(ヨハネ14:14)。と言われました。どんな大きな絶望に出会ってもキリスト者は最早一人ではありません。主イエス・キリストが永遠に私たちと共に歩んでくださいます。その主イエスは、私たちに「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」(マタイ11:28-29)。と言われました。
 「重荷」とは他人が取って代ることのできない荷のことです。母親が我が子を産む時に他人が代わりに担うことができません。生まれてくる我が子の重さは神様から与えられた命の重さです。神様から与えられた恵の重さです。ここで言う「重荷」の意味は自分自身にしか分からないものです。だから他人に預けることが出来ません。自分で担わなければならないものです。ですから、重さに耐えきれずに、疲れ果てるのです。しかしそのような私たちに、主イエスは「休ませてあげよう」と言われたのです。

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