無力な偶像

イザヤ書44章には、偶像礼拝がいかに無力であるかが語られています。『偶像を造る職人は人間でしかない。職人は金槌を持って炉のそばに立ち、真っ赤に焼けた鉄を金床の上で力いっぱい叩く。そのうち喉は渇くし、腹はへるしで、ふらふらになる。木工は木ぎれの寸法を測り、しるしをつけ、人の形に彫る。こうして見かけは美しいが一歩も歩くことのできない偶像が出来上がる。彼は森の中に入り、樅(もみ)の木や、柏や樫(かし)の木を探して材料にする。また樅の木を植えて、雨が育てるのを待つ。こうして大きくなった木の一部で体を暖め、パンを焼くたきぎとする。その残りの木で人々が拝む神を造る。人々がひれ伏し賛美する偶像を造る。木の一部で、肉をあぶり、体を暖め、満腹感を味わう。ところがその残りで神を造る。そして造った偶像を拝み「どうかお救い下さい。あなたはわたしの神です」と願う。』 
預言者イザヤは「神様から造られた人間が、こんなことをしてよいのか」と叫んでいるのです。 


  

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です